塩と火が結んだ啓蒙時代の理想工場
この世界遺産は、サラン=レ=バンの大製塩所とアル=ケ=スナンの王立製塩所という、二つの場所と二段階の製塩工程を結びつけています。地下深くから汲み上げた塩水を火で蒸発させる技術と、それを支える建築が評価の核です。1780年から1895年まで、塩水は21キロメートルの木製管を通ってアル=ケ=スナンへ運ばれました。大製塩所は少なくとも1,200年間操業を続け、活動を停止したのは1962年です。
一方、アル=ケ=スナンは建築面で際立つ対照を見せます。クロード=ニコラ・ルドゥーが設計し、1775年に建設が始まった広大な半円形の施設は、仕事を合理的かつ階層的に組織する構想を具体化しました。理想都市の中心として計画されたものの、その都市全体は実現しませんでした。ここでは工場が単なる生産設備ではなく、仕事の場にも宮殿や重要な宗教建築と同じような建築的配慮を与えられるという、啓蒙時代の考え方が示されています。
サラン=レ=バンでは生産の痕跡、アル=ケ=スナンでは未来を先取りした造形に目を向けると、二つの構成資産の役割が分かります。サランには13世紀の地下水路、現在も機能する19世紀の水力ポンプ、揚水設備、製塩施設の一部が残り、ボイラー室は塩づくりの労働を伝えます。二つを一つの場所にまとめて理解してはいけません。サランでは近代的な増築が考古学的遺構や残存する歴史建築の真正性に配慮する一方、囲い地と都市との関係には変化があったことも記録されています。

